写真
北区立滝野川第三小学校
更新日:2007年08月30日


僕の母校です。

ひょんなことから、訪ねる機会がありました。
以前にも近くを車で通る機会がありましたが、
今回は、徒歩で、しかも校庭にも足を踏み入れました。

校舎の位置はまったく同じ。
校庭は、僕のいた頃はアスファルトの荒いやつ。
走って転ぶと、一皮剥ける、
まるで"因幡の白兎"状態、と言うひどいもの。
しかし、今は綺麗な人工芝。

プールの位置、鉄棒の位置、これもまったく変わっていない。
しかし、高い鉄棒、砂場はない。
正門を入ったところにある桜は健在。

じっくりと見て回って、
校舎の前へ。
木造モルタルの校舎は、今は鉄筋造り。
見上げると、
校舎のガラスに、クラスの表示。
僕の頃は、クラスの数も六組。
しかし今は、わずか二クラス。
これも時代。

正面に大きく校歌が書いてある。
なんとなくメロディーが浮かんでくるが、はっきりとは歌えない。

ウサギなどを飼っていた、厩舎はない。
そこには、体育の用具室。
これも狭いところでは仕方がないか。

しばらく佇んでいたら、
懐かしさなのか、なんなのか
涙が出そうになってくる。
涙が、滲んでくる・・・


いつも通っていた、脇の門の前にあった
文房具屋さんもない。
たたずまいはほとんど変わっていないのに・・・
その門の前では、よくヒヨコだの
ザリガニだのを売りに来ていたっけ。

下校の道をたどって、
住んでいた家へ向かう。
道はまったく変わっていない。
ほとんど迷わず、たどり着く。
が、まったく変わってしまっている。
当たり前のこと。
近所の知り合いも、
わずか一軒だけ。
後は知らないお宅のみ・・・
いやもう一軒あったか・・・

初恋の女の子の家も捜したが、
これは見つからず・・・

昔を偲ぶ、感傷的な時間。
これにお付き合いしてくれた、
Yさん。

有難う。感謝です。
思いもかけぬ、素晴らしい、素敵な時間を過ごすことが出来ました。
いい時間を有難う



2007.08.30. shinjitsu
活躍の記録・写真集【テレビ・映画編】
更新日:2003年12月18日

「鉄眼」 1980年
監督 中村佳厨王
主演 河原崎次郎・永嶋瑛子
役名 宝州
この映画は、僕が映画では始めて演じた大きな役。熊本、長崎、京都、宇治、東京と3月以上に亘るロケでした。


製作記者発表会場、左端が僕。まだ断髪式の前で髪の毛がある。この後すぐに皆さんの見ている前で、断髪の儀式。中心ロケ地となった、熊本県小川町で。

鉄眼(河原崎次郎)が、燃える思いで熱き心を語る、これから全国を歩いて、喜捨に出ると。 右からふたり目、振り向いているのが僕。

スチール用の写真。

宝州が差配する印刷所にて、揉め事が起きている。右から2番目が僕。もう大分年をとっている。確か40過ぎの役の頃。

鉄眼の臨終のシーン。遺言を聞いている。中央にいるのが僕。珍しい写真、マイクが写っている。


「上海から来た女」 1990年
中国人の役をやったその、劇用に撮った写真。森光子さんの旦那役でした。


土曜ワイド劇場「トラベルミステリー 山手線5.8キロの証言」 1993年
主演 愛川欽也、三橋達也


隅田川ロケ。僕が犯人と間違えられている、否定する僕。右、愛川欽也。

同じく。中央に三橋達也。


NHK金曜時代劇「新・腕におぼえあり」 1998年
主演 高島正伸・段田安則
役名 間坂彦内
側用人をやりました。人気のあった”腕におぼえありの”続編です。鬘にも白髪を多く入れての老け役。楽しい仕事でした。


NHK教育テレビ「虹色定期便」 1998〜99年
一年間のレギュラー番組。群馬県の大泉町でのロケ、東京のスタジオでの収録。大泉町は、日系ブラジル人が多く住む町。そこの学校に通う子供と、ブラジル人の子供との交流を描いた。僕の役は、主役のこの父親。本格的なブラジル料理は、見た目は実に旨そうなのですが、食べてみると、これは堪らなくしょっぱい。ロケが終わり、大泉から3時間近くかけて帰ってきた、浅草についてもまだまだ胃の辺りが、しょっぱくて何か変。これには、閉口。まあ、暑い国ですからあのくらいしょっぱくても仕方がないか。それにしても、参った!


大泉町のロケにお借りしていた工場で。右側は、日系ブラジル人の子供の父親を演じた方。実際に日系ブラジル人の方。1年間良くやってくれました。役は、僕の勤めている工場の従業員。1年間本当に良くやってくれました。

これも工場でのロケ。


「ありがとう、おとうさん」 1998年


左の女の子は、同年のNHK教育テレビ「虹色定期便」で、僕の娘役を演じた、古牧君。このときは、娘の友人役。


「警視庁暴力団対策ビデオ」
これは何年かに亘って作られたもの。シリーズでした。出演していない時には、ナレーションも勤めました。


建設作業所所長役。暴力団組員に脅されている。右側、森下哲夫。彼は僕の所属をしていた”劇団青俳”の先輩。昔は、全く脅されるなんてことはなかった優しい先輩でしたが、ここでは、しつこく脅されている。こういう役を何日も演じていると、夜飲む酒のまずいこと不味い事。

ここからは、別の作品。ここでも脅されている。右、潮哲也。



これは毅然と対応しているところ。

酒場へ誘われて脅される。右、潮哲也。

上に同じシーン。左、黒部進。

2003.12.18. shinjitsu
活躍の記録・写真集【舞台編2】
更新日:2003年12月18日

「宮城野」 1975年 劇団青俳アトリエ公演
作  矢代静一
演出 加藤新吉
これも久しぶりのアトリエ公演。文学座から加藤さんを招いての、公演でした。なんと言っても、初めての時代物。色々と分からないことも多かったのですが、加藤さんに随分助けられました。僕にとってもこの作品に関われた事が、少し、自信にもなりました。それにしても、この芝居で、怖さというものを始めて知りました。幕開き前に、本当に、逃げ出したいと思いましたもの。たったふたりだけの芝居ですから。でも、これは名作、いい芝居です。


宣伝写真用


左、僕。右、市川夏江さん。

相手の絵姿を描こうとしている。

情けなくも、人殺しの後、どうしようもなくなっている。


「俺たちは愛を視た事があるか」 1977年 俳優座劇場
作・演出  昭生蒼二
弁護士役。この芝居を観に来てくれた、弁護士の先生が、弁護士になるといい、きっと良い弁護士になれると、言ってくれました。これは嬉しかったのですが、生憎、僕には、そんな能力はありません。それでもそう言って貰える事は、この役をやって良かったと思いました。


右端、僕。


「五番町夕霧楼」 1979年 三越劇場
作  水上勉
演出 木村光一
僕の好きな作家、水上勉さん原作・脚本の芝居です。頭を丸めて僧侶の役でした。ある日、僧侶役の何人かと、三越前駅から地下鉄に乗ったところ、何処かのご婦人の団体の方から、今日は、お坊さんの何の集まりがあるんですか、と、言われました。さあ、困った、うそを言う訳にもいきませんし、正直に話して、分かってもらいましたが、それにしても実際のお坊さんと間違えられるとは、我々もなかなかのものだと、大笑いしましたっけ。


右から2番目、僕。中央立っているのは、故内田朝雄さん。

右から2番目、僕。真剣にお経を上げている。

右、僕。左、三田佳子さん。この後三田さんとは、テレビ舞台と多く共演させてもらいました。


「裁判きちがい」 1980年 池袋シアターグリーン
作  ラ・シーヌ
演出 巌金四郎



ともに、左、僕。


「救いは・・・」 1980年 ザ・スズナリ
作  エドワード・ボンド
演出 丹羽文夫
イギリスでセンセーショナルな話題を呼んだ作品の日本初演作品。客演でしたが、主役をやらせてもらいました。色々と問題もあったのですが、結果的にはたいそういい評価を貰いました。衣装も、北村和夫さんの”欲望という名の電車”の衣装を参考にさせてもらいました。


右側、僕。

左、僕。

他人の恋人を抱き上げて・・・

中央、僕。

左、僕。恋人を奪い、悦に入っている。

右端、僕。

カーテンコール。左端、僕。


「剥製人間」 1993年 二子玉川、アレーナホール 作  ジャニ-ヌ・ウォルムス
演出 原田一樹
青俳時代、1974年に上演した作品の再演。役は変わりましたが、演出も変わり、新たな気持ちで挑むことが出来ました。それにしてもこういう芝居は、難しい。

2003.12.18. shinjitsu
活躍の記録・写真集【舞台編1】
更新日:2003年12月18日

「あわれ彼女は娼婦」 1971年 紀伊国屋ホール
作  ジョン・フォード
演出 木村光一
始めのプロとしての舞台。いい共演者、日本最高の演出家と一緒に出来たことは、その後の僕にとって、とてつもなく大きな財産となりました。それまでは、養成所での芝居経験しかない僕にとって、目からうろこが落ちるほどの衝撃でした。しかし、あの頃は無我夢中だったのですが、ただただ、一生懸命それだけだったのでしょうねぇ。



客席の上を、ロープにぶら下がりブランコのように大きく揺れている。幕開きの真っ暗な中での、この演出は、おおきな評判を呼んだ。右側の真っ黒なボディメイクをして綱にぶら下がっているのが僕。五月舎の旗揚げ公演。


「獏」 1972年 紀伊国屋ホール他
作  別役実
演出 末木利文
小澤栄太郎さん、常田富士夫さん、お二人の芝居の作り方に大いに感銘を受けました。この作品は、後に何度でも色々なところで、上演されているほどの名作。


「遠い星」 1973年 大阪朝日座
作  椎名龍治
演出 寺崎嘉治
初めての商業演劇、初めての1ト月の公演。それも、初めての大阪の地。色々と思い出がありますが、劇団の多くの方たちと一緒で、全く不安はありませんでした。楽しく過ごしたことをおぼえています。シャープの創業者、早川徳次さんをモデルにした芝居でした。


早川商店の小僧役、右から二番目が僕。右、水野久美さん、中央が主役の、木村功さん。

右から3番目が、僕。

左から2番目、顔が半分隠れているのが僕。

左から3番目。中央は、木村さん。

右端、僕。中央、木村さん、左端、水野さん。

関東大震災の後の場面。奥の左端が僕。実はこの時、舞台上手から駆け込んでくるんですよね。そうして、自分の場所に来るのですが、駆け込みついた瞬間に、ブッーとおならをしてしまった時があったのですよ。当然舞台に出ている共演者にも聞こえ、もう散々冷やかされましたね。これもいい思い出。


「父よあなたは強かった」 1973年 劇団青俳アトリエ公演
作  蘆野徳子
演出 兼八善兼
若手が中心となって、アトリエ公演を発足させました。色々と苦労もありましたが、何とかして本公演とは違う芝居をしたいと、この空間を立ち上げました。1作目は、プロデユーサーとして、2作目には、出演をしました。それにしても今から思えば、若さ、それにエネルギーもあったのでしょうねー。


集合写真。後列、左から5番目、髭面が僕。

左、僕


右側、僕。左は、「ファニー」などで、良く共演をさせてもらった、南祐輔さん。南さんには、その後も色々と公私に渡りお世話になりました。

奥、変な帽子をかぶっているのが、僕。

右端、僕。左端は、市川夏江さん。市川さんにも、この後も色々とお世話になりました。「ファニー」の全国公演ではことのほかに、それに、市川さんが”方の会”というグループを立ち上げてからは、ここにも出演いたしました。


「遠い星」(再演) 1973年 読売ホール
作  椎名龍治
演出 寺崎嘉治
前年、大阪で公演した作品を東京で再演しました。役も変わったのですが、東京で出来たことに、意義がありました。今度は、目の見えぬ役。これは、結構大変でしたね。


「剥製人間」 1974年 劇団青俳アトリエ公演
作  ジャニ-ヌ・ウォルムス
訳・演出 利光哲夫
フランスの現代劇。というより、シュールな作品。ほとんど分からぬままに、演出家の指示通りに演じていた、そんな芝居でした。この作品は、後日、方の会でも再演しましたが、その時も本当に分かっていたのか、難しい芝居でした。

2003.12.18. shinjitsu
よど号ハイジャック事件122時間の真相
更新日:2002年10月29日

日本テレビ系列「よど号ハイジャック事件122時間の真相」を撮影するためにモンゴルへ行って参りました。その時に撮ったプライベート写真です。

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日本テレビ系列 2002年9月23日放送
「よど号ハイジャック事件122時間の真相」
監督 近澤駿
脚本 加藤正人
主演 根津甚八・別所哲也・釈由美子・仲村トオル他
役名 乗客A

2002.10.29. shinjitsu
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